幽霊書店

クリストファー・モーリー

 書店主各位へ

 このささやかな本を皆さまに愛情と敬意を込めて捧げます。

 作品の欠陥はだれの目にもあきらかでしょう。わたしは「移動書店パルナッソス」において大活躍し、一部の方からありがたくもお褒めの言葉をいただいたロジャー・ミフリンの冒険談のつづきをお話ししたいと思ってペンを取りました。ところがミス・ティタニア・チャップマンがあらわれ、若き宣伝マンが彼女に恋をし、むしろこの二人が物語の中心になってしまったのです。

 さて、一言申し添えておきますが、第八章でシドニー・ドルー氏のすばらしい才能を語った一節は、この魅力的な芸人の悲しむべき死の前に書かれたものです。しかしながらそれは嘘偽りのない、心からの賛辞でしたので、わたしは削除する理由はなにもないと考えました。

 第一章、第二章、第三章、および第六章はもともと「ザ・ブックマン」に掲載されたものですが、このすぐれた雑誌の編集者には再版の許可をいただいたことを感謝します。

 ロジャーは十台のパルナッソスに地方回りをさせることになりましたので、もしかすると旅先で皆さまのお目に留まることがあるかもしれません。もしもそのような機会があれば、パルナッソス巡回書店株式会社のあらたな行商の旅が、わたしたちの高貴な職業の、ふるくて名誉ある伝統をけっして汚すものではないことをお確かめいただきたいと思います。

クリストファー・モーリー   

 フィラデルフィアにて

 一九一九年四月二十八日

第一章 幽霊書店

 ブルックリンといえば、とびきりあざやかな夕映えと、女房持ちが乳母車を押すすばらしい光景の見られる街だが、もしもあなたがそこに行くことがあるなら、まことにめずしい本屋のある、とある静かな裏通りに行きあたることを願う。

 この本屋は「パルナッソスの家」という、いっぷう変わった屋号を持ち、店をかまえた褐色砂岩のふるい快適な住居は、配管工とごきぶりが数代にわたってこおどりしてきた場所だった。店の主人は家を改装し、古本のみをあつかう自分の商売にいっそうふさわしい聖廟をつくろうと苦労をかさねた。世界じゅうを探しても、この店ほど敬服にあたいする古本屋はない。

 寒い十一月のある晩、およそ六時ごろのこと、ときおり雨がはげしく降りそそぎ、舗道にあたってはねかえるなか、ひとりの若い男が道に迷ったかのようにときどき立ち止まりながら、頼りなげにギッシング通りを歩いてきた。彼は暖かそうな明るいフランス式焼き肉料理店の前に立って、欄間窓にエナメルでしるされた番地と、手にしたメモを見くらべた。それからさらに数分歩きつづけ、ついに探していた住所にたどりついた。入り口の上の看板が目をひいた。

パルナッソスの家

R・ミフリンとH・ミフリン

愛書家のみなさん、ようこそ!

☞この店には幽霊がいます☜

 彼は詩神のすみかに通じる三段の踏み段をおり、立てた外套の襟をなおして、あたりを見まわした。

 そこは行きなれた本屋とはずいぶん様子がちがっていた。二階建てのふるい家は、床が打ち抜かれてつながっていた。下の空間はいくつもの小さなアルコーヴ(くぼみ)にわかたれ、上のほうは回廊をめぐらした壁に、天井までびっしり本が並んでいた。あたりはふるびた紙と革の馥郁としたかおりに満ち、それにたばこの強烈なにおいが加わっていた。目の前には額入りの掲示があり、こう書いてある。

 当店には幽霊がいます

 あまたの偉大な文学の霊が。

 にせもの、駄作は売りません。

 本が好きなら大歓迎です。

 むだ口をたたく店員はいません。

 喫煙自由――ただし灰は落とさないように!

 ――

 閲覧はお好きなだけどうぞ。

 値段はすべてわかりやすく表示されています。

 ご質問があれば、もうもうたるたばこの煙に包まれた店主まで。

 本は現金で買い取ります。

 あなたに必要なものがここにあります。もっとも、それが必要だということをあなたはご存じじゃないかも知れません。

 ☞読書する力が栄養不足におちいると一大事です。

 本の処方は当店におまかせください。

     店主 R・ミフリン、H・ミフリン

 店内はあたたかく落ちついた薄暗さ、いわば眠気をさそう夕闇のなかにあり、緑色の笠をかぶった電灯がそこここで黄色い円錐形の光をはなっていた。たばこの煙がすみずみまで行きわたり、ガラス製のランプシェードの下で渦を巻いたり、もやもやと立ち迷っていた。アルコーヴのあいだの狭い通路を通るとき、仕切られた区画のあるものは完全な闇にとざされていることに訪問者は気がついた。ランプがともるほかの場所には机と椅子が見えた。「随筆」という表示の下の一隅で、年輩の紳士が熱中のあまり恍惚とした表情を電灯に照らしだされて本を読んでいた。しかし、たばこの煙がまわりにただよっていなかったので、あれは店主ではないのだろうと、初めて店に来た男は判断した。

 店の奥に行けば行くほど、まわりの印象はますます現実ばなれしていった。はるか頭上に明かり取りの窓があって、そこに雨の打ちつける音が聞こえるのだが、それ以外はしんとしていて、まるで住んでいるのは、充満する煙の渦と、随筆を読む男の明るい横顔だけのような感じがした。そこは秘密の神殿、奇怪な儀式のとりおこなわれる聖廟のような印象で、若者は、なかば不安のために、なかばたばこのために、喉元がしめつけられるような気がした。見あげると暗がりのなかに本棚が何段もつみかさなっており、屋根にちかづくほど闇にしずんで見えるのだった。彼は褐色包装紙の筒と麻ひもをのせたテーブルを見つけた。あきらかに商品を包装する場所だったが、店員のいる気配はなかった。

 「この店には本当に幽霊が住み着いているのかもしれない」と彼は思った。「たばこの守護神で、ここが気にいったサー・ウォルター・ローリーの魂とか。しかし店主は出没しないようだ」

 彼の目は青くけむる店内を見わたしていたが、ふと卵のような奇妙な光沢をはなつ光の輪に気がついた。それは吊り電球の光を受けてまるく白く輝き、たばこの煙の波間にうかぶ明るい島のように見える。ちかづいてみると、それははげあがった頭だった。

 この頭は、よく見ると、回転椅子にふんぞりかえった目つきのするどい小男の上にのっており、彼がいる片隅がこの建物の中枢神経と思われた。男の前には仕切り棚のついた大机があり、刻みたばこの缶や新聞の切り抜きや手紙とともに、ありとあらゆる種類の本がうずたかくつみあげられていた。ハープシコードに似た旧式のタイプライターが、原稿用紙の束に半分うもれていた。はげ頭の小男はコーンパイプをくゆらし、料理の本を読んでいた。

 訪問者はほがらかに話しかけた。「失礼ですが、この店のご主人でしょうか?」

 「パルナッソスの家」の店主、ミスタ・ロジャー・ミフリンは顔をあげた。青いするどい目に、みじかい赤髭をたくわえ、いかにも有能で独創的な人物だという雰囲気をただよわせていた。

 「そうですが、なにかご用ですか?」

 「わたしはオーブリー・ギルバートといいます。グレイ・マター広告代理店を代表してまいりました。わが社に広告業務のとりあつかい、しゃれたコピーの作成、発行部数のおおきなマスメディアへの掲載などをまかせていただけないかと思い、ご相談にあがりました。戦争もおわりましたから、販売拡大のために建設的な宣伝活動にとりくむべきだと思います」

 店主はにっこりと笑みをうかべた。彼は料理の本を置き、勢いよくたばこの煙をまわりに吹き出すと、楽しそうに相

...

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